倫理の面から易を見た場合、周易本来の卦辞爻辞からだと功利主義になります。これは苦痛と快楽がすべての行為の善し悪しの基準となる考え方です。元々占いであり倫理を説くものではなかったためだと思うのですが、このことが易が生き残った理由の一つであると思います。道徳を説かないから権力者からの弾圧対象にはなりにくく、また、時代時代の思想に合わせて繰り返し再評価されるので盛衰はあれど消え去ることはありませんでした。
さて、周易そのものは功利主義なのですが、注釈である十翼は儒学の影響を受けているため、易経全体は倫理的な解釈をしている部分があちこちにあります。例えば、文言伝の坤卦初六には「善行を積む家には思いがけない幸福が授けられ、不善を積む家には意外の不幸が来るが、その幸福も不幸も、実は突然に降ってくるわけでなく、だんだんと準備されて、ある時ついに幸福が見舞い、不幸が到着するのだ(丸山松幸訳)」とあります。これを間違った解釈と取るか、周易の足りないところを補完するものと見るか、なかなか難しいです。僕は学者ではないし、また根本主義者でもないので特に区別せず書いて行きます。これ読んで疑問がある方はちゃんとした解説書をお読みください。ただ、正直、「書は言を尽くさず、言は意を尽くさず」の所もありますので……