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易は世界と人間をどうみるか

 

 

宇宙観

IN_YO01.GIF - 377BYTESすべては太極から生まれ、陰と陽に別れます。どちらかが良くてどちらかが悪いと言うことではありません。善悪二元論とは別です。この太極はそれぞれ陰陽の属性を持つ、乾(天)ダ(沢)離(火)震(雷)巽(風)坎(水)艮(山)坤(地)の八卦に分けられます。世界はこの八卦の組み合わせ8×8=64の事象に分類できると易では考えてます。現代の科学とはズレた見方ですが、ギリシャ哲学も同じような発想です。この八卦のエレメントという考えは占いでは重要ですが、処世法の面としては重要ではないのでこれ以上突っ込みません。また、五行も周易とは別系統の宇宙観なので触れないことにします。

世界は流転するが一定の法則がある

 世界は常に絶え間なく変化し続けますが(変易)、背後には不変の法則が法則があり(不易)、それは八卦という簡単な形で表すことができます(易簡)。簡単に言うと、世の中の出来事は一回ごとに異なる歴史的現象ですが、背後には一定の力が働いており法則として表すことができるというものです。科学思想と似たような立場です。

 

 

 


 

対立無くして変化なし

 乾(陽)と坤(陰)の対立があって初めて物事は動き変化していきます。活気のある街、病気に罹ってもすぐに回復する身体、これは内部で対立があるからです。これがどちらか一つになった途端に変化は止まり、易(変化の法則)も無くなります。易=法則であるのなら何も起こらない以上、当然、法則も消えてしまいます。しかし、一瞬ならともかく、どちらか一方であり続けることなどありえません。対立を回避すると極まった時に大きな代償を払うことになります。

 

 

 



 

物、極まれば必ず反す

 歴史を見ればわかりますが、どんな国、どんな人物も輝き続けることありません。やがては衰え滅びていきます。外部の力か、内部の力かのどちらかによって死=終焉を迎え、次の時代へ変わります。
 上がり続ける株が無いように、老いない人間が居ないように、ブラックホールすら蒸発してしまうように、ずっと変わらないということはありません。すべてが思い通りになっている時にはずっとこの調子で行くと思いがちですが、その傲慢さが衰退の引き金になります。「勝って兜の緒を締めよ」という言葉は正しいのです。逆に、今、どんなに苦しい状況であってもそれは一時的なものです。無闇に悪あがきせずに、明日への努力を行い続けるべきです。
 なお、易ではその「波」がどのような周期(時間)で変わっているかについては触れていません。

 

 

 

 

 

 


 

未来は確定していない

 ニュートンの古典物理学ではすべての運動は決まっていて、宇宙の最初の運動さえわかれば、過去未来は理論的にはすべて計算できるという考え方でした。しかし、現代物理学ではそうではありません。量子力学ではハイゼンベルクの不確定性原理&カオス理論(非線形系は初期値に対して鋭敏な依存性を持つ)から完全な未来予測は不可能ということが判明しています。
 人間も同様で社会レベルではある程度統計的な予測できますが、個人レベルの行動を予測するのは不可能です。
 易も同じく決定論の立場には立ってません。筮竹を振った時に得た物事の流れのしっぽを捕まえ、その流れがどこに向かっているのかを明らかにするだけです。流れに逆行するのは不可能ですがうまく泳ぎ、流れ着く先を選択することはできると易では考えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

易の説く生き方

IN_YO01.GIF - 377BYTES倫理の面から易を見た場合、周易本来の卦辞爻辞からだと功利主義になります。これは苦痛と快楽がすべての行為の善し悪しの基準となる考え方です。元々占いであり倫理を説くものではなかったためだと思うのですが、このことが易が生き残った理由の一つであると思います。道徳を説かないから権力者からの弾圧対象にはなりにくく、また、時代時代の思想に合わせて繰り返し再評価されるので盛衰はあれど消え去ることはありませんでした。

IN_YO01.GIF - 377BYTESさて、周易そのものは功利主義なのですが、注釈である十翼は儒学の影響を受けているため、易経全体は倫理的な解釈をしている部分があちこちにあります。例えば、文言伝の坤卦初六には「善行を積む家には思いがけない幸福が授けられ、不善を積む家には意外の不幸が来るが、その幸福も不幸も、実は突然に降ってくるわけでなく、だんだんと準備されて、ある時ついに幸福が見舞い、不幸が到着するのだ(丸山松幸訳)」とあります。これを間違った解釈と取るか、周易の足りないところを補完するものと見るか、なかなか難しいです。僕は学者ではないし、また根本主義者でもないので特に区別せず書いて行きます。これ読んで疑問がある方はちゃんとした解説書をお読みください。ただ、正直、「書は言を尽くさず、言は意を尽くさず」の所もありますので……


大人とは

 大人とは、高位の人、大人物というだけにとどまらず、易の法則を良く理解しその法則を利用して吉凶禍福を人々に与えることのできる人物のことです。なんら間違ったことをしないので天さえも大人に従います。占断では比喩的に指していますが、いくら高位の人であっても大人に値しない人間は小人と見ます。大きなことをして平然としている人を大人物と言ったりしますが次項のように単に共感力や倫理感がない人間は小人です。

 

 

 

 

 


 

小人とは

 利己的な人間を指します。利益のない善行は行おうとせず、わずかな悪事ならたいしたことないだろうと思って止めようとしない。悪を行わないのは罰が怖いからであって相手への共感や倫理感からではない人々のことです。凶悪犯は元より、交通違反を繰り返す人、違法コピーをする人も当然、小人です。みんなやってるから俺もやる、という人は君子でも大人ではありません。成功者の中には下の人間を「努力しないクズ」と思ってる人が居ますが、そういう人は、人間それぞれ思想・身体の状態・生きてる環境・運が違うことを理解できない小人です。

 

 

 

 


 

 

易の生き方は「時中」

 時中とは時々刻々の変化の流れの中で、その変化の本質を見極め、無闇に逆らうことなく、しかし、迎合し流されることなく行動することを言います。一見すると、単に「流れに乗れ」というのが易の法則だと思ってしまいがちですが、そうではありません。流れに乗ると、そのまま滝壺へ真っ逆さまということが往々にしてあります。まあ、有名な例だとバブル期がそうですね。あれで大きな借金を背負ってしまった人、企業は多いと思います。ついでに例を挙げるとナチス政権下で取り入って出世した人も敗戦後大変な目に遭いました。流れを読むだけでなく本当に流れに乗っていいのかを考えるべきです。

 

 

 

 

 

 

 

元・亨・利・貞

 易経の中ではこの文字があちこちに現れます。第一番目の乾卦では冒頭に「乾は元亨利貞」とあります。単に「元(おお)いに亨(とお)る。貞に利(よろ)し」と占いの結果を示すものですが、文言伝ではそれぞれの4文字に意味を取り、君子はこの4徳を行うものであると言っています。逆に言うとこの4徳を持たない者は君子ではないと言うことで、吉卦が出てもそれは君子にのみであって凡夫には凶と判断することがあります。
元:物事の始まりであり絶対善です。人間の徳で言うと仁であり、人や物を愛することです。
亨:万物が伸び、栄えることで、美しいものが集まることでもあります。人間の徳で言うと礼にあたります。他人を尊重するルールを守るということです。
利:物事の調和を得ること。人間の徳で言うと義です。調和を得ると同時に私情を断ち切る意味もあります。
貞:物事の根幹です。不動の法であり「正しさ」です。人間の徳で言うと智になります。正しさ、法則を見分ける力です。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 このように易では人間という限定された存在が行える最善の道を探るもので、決して神仏のような存在や力を得ようというものではありません。あるのは易という「法則」であり、人間はその法則を利用するだけです。そういうところは現代の科学技術と似ています。


参考文献
 「中国古典選2 易(上下)」 本田済著 朝日文庫 1978年
 「中国の思想Z 易経」 丸山松幸訳 徳間書店 1996年
 「やさしい易と占い」 竹内照夫著 現代教養文庫 社会思想社 1981年
 「サイコロを使った 実占・易経」 立野清隆著 五月書房 1990年
 「易経実践」 河村真光著 光密推古書院 1995年
 「現代易占術 (上中下)」 小林三剛著 1968、1994年

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